知るための行為循環|2025.7.19-8.10

Solo Exhibition | 知るための行為循環

7月19日より、JILL D’ART GALLERY(愛知)にて個展を開催させていただきます。

My solo exhibition will be held at JILL D’ART GALLERY in Aichi from July 19th.

私の制作は自分の知覚的経験を遡り、それを反芻していく個人的記録のようなものです。 ドローイングを元にした造形に漆を纏わせ、『実在』の瞬間を鮮やかに留めたいという思いで制作しています。 作品から肌ざわりのようなものを感じていただき、それぞれの経験や記憶に寄り添えたら幸いです。

ー展覧会に寄せてー

私たちは日常生活の中で頻繁に漆器を用いている。それにもかかわらず「漆」について思いをはせることはほとんどない。そもそも漆は漆の木を傷つけることで採取される樹液である。つまり粘土で成形したものを焼成する陶器とは異なり、漆は別素材で成形された支持体の表面を覆う天然の樹脂塗料であり、私たちはその表面に現れた独特の光沢や質感を通じて、「もの」の存在を感知し、形態を把握しているのである。さらに付け加えるならば、漆は一般的に「乾燥」と聞いて思い描くように水分を蒸発させるのではなく、適度な温度(20-30℃)と湿度(70-85%)のもとではじめて乾燥するという特殊な性質を有している。

谷川美音の作品を紹介するこの一文を漆の紹介から始めたが、谷川の作品は、ごく簡単にいうとドローイングをもとにした即興的で身体性を感じさせる線的な造形が、漆の質感や光沢を表面にまといながら「〈実在〉の瞬間」を空間に留めるというものである。その制作行為は、本展のタイトル「知るための行為循環」や作家自身のテキストにある「自分の知覚経験を遡り、それを反芻していく個人的記録」という言葉に示されている通りである。しかし、補足するならば、それはその場、その瞬間での個人的体験を経験へと昇華させること、その過程に作家自身にとっての創作の意味を発見するとともに、常に更新され続ける経験のあり方を作品において記録し、社会と共有していくことである。

ただし、工芸作品が完成するまでにはある程度の時間を必要とする。それはイメージをもとに形を作り、その上に漆を塗り重ねるたびに乾燥・研ぎを求められる漆造形制作においても例外ではない。つまり、ドローイングという身体的な行為、その後の成形、ものの表面に働きかける漆の塗り重ね等の繰り返し・反復作業による時間的経過の中で、その時々に知覚した「〈実在〉の瞬間」に対する谷川の感覚はゆらぎ、まるで積み重なっていく漆の層のように作家に新たな知覚体験を誘発していく。これが次なる行為につながっていくわけだが、谷川があいまいな境界において互いに個としての関係を示すように色漆で作品の表面を覆っていくのはそのためだといえる。

もっとも、無意識で知覚しているものごとがある行為を誘発することは、誰もが日常生活のここそこで体験している。その意味で、谷川の制作が「漆」を用いて人間の感覚や行為、感情を個人の経験の場において確かめていくものであるとするならば、その中から生まれた作品は、個人的経験を超えて、様々な人々の知覚に働きかけ、新たな行為や発見を生み出していく起点にもなり得るのである。

大長智広(京都国立近代美術館主任研究員)

日時|2025.7.19(Sat)-8.10(Sun) 11:00-18:00、月曜日定休

場所|JILL D’ART GALLERY  愛知県名古屋市東区泉1丁目13-25 セントラルアートビル2階

https://www.jilldart.com